病気とは闘うものなのか?

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私は補完療法セラピストなものですから、病気というのは原因さえあれば当然起こりうるものだという認識があります。だから症状は単なる治癒のプロセスであって、受け入れこそすれ闘うのとは違うと思ってます。イギリスでDr.美穂のメタメディスン理論を習った私は、長い間疑問に感じていた病気の成り立ちがわかりました。人間の体はミスをしないのだそうです。言ってみれば神は完全に人間を創られたといっていいでしょう。病気は不運でも何でもなく、人間がそのように創られたから、そうなってるだけなのだそうです。この図からもわかるように①~⑨の過程の中で、一番命を落としやすいのが⑥のヒーリングピークです、別の言い方をすれば「急変」です。これを乗り越えられるかどうか生死に関わります。

がんで亡くなる方の死因はかんではないのは既に周知の事実ですね。治療に伴う手術や投薬、化学療法や抗がん剤で免疫力が著しく落ちたところでの合併症、つまり急変です。入院していればおそらくここでいろいろな治療が施されますが、もしかしたらここで何もしないで待つ方がいいのかもしれません。

なぜかがんをはじめ、手術や入院を必要とする重篤な症状が出ると「闘病」という言い方をします。重篤な症状が出るということは、深刻なストレスに一定期間さらされた結果です。原因があるから結果が出る。まだまだ「症状=治癒のプロセス」という理解がないせいか症状は即、排除すべきもの、忌むべきものという状況があります。なんとか変えていかないといけないと本気で思っています。

病気は体が発するサインですから、まずは受け入れること、そして自分の治癒力を信じて自分が治そうと主体的になること、その心構えが大切です。病院も薬も手術も自分が治るための手助けにすぎない、利用できるものの一つであるというスタンスでいれば現代医学でも代替療法でも何を利用しても私は構わないと思います。自分の体ですからしっかりと向き合って自分が責任を持つこと、周囲はいろいろなことを言うでしょうが、治療の過程でいくつかの選択を迫られた場合、自分で決めることです。治癒の過程の中で、必ずヒーリングピーク(急変)が来ることも是非知っていただきたい、ここであきらめずに乗り越えてほしいと思います。急変で亡くなった方は自ら死を選んだのかもしれません。でも最初から知っていたら・・これは生き抜く上での最後の審判だとわかっていたらどうしただろうか?と思うのです。

理屈っぽいかもしれませんが、結局その人の生き方が関わっています。口ではお医者さん治してくださいと言ってても、意識の95%以上を占める潜在意識を上手に、無意識に使ってる人もたくさんいるのです。そういう人は結局、自分の力を信じて自分で治してしまいます。ある意味、日々奇跡の連続だし、生かされていること事態が奇跡かもしれません。

私はやはり闘病という言葉を安易に使う風潮を変えたいです。それに代わる言葉はないかしら?「受病」とか?「流病」?、単に「治療中」とか?闘病なんておおげさすぎます。だって自分の体ですから、何と闘うんですか?病気は自分の一部でしょう?代わる言葉、考えてみます。くれぐれも病気と闘わないでくださいね。症状は自分の今までの生き方をみつめなおす為のプロセスですから。

今日も笑顔あふれる一日をお過ごしください。

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